岩手県山田町の復興計画をおさらい

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最近のエントリーで復興の考えをエラそうに書いてみたけど、2011年12月22日付けの山田町復興計画(PDF)がちゃんと頭の中で整理出来てないなと思いまして、私なりの解釈で読んでみました。


◇1  はじめに(復興計画の位置づけ)◇
復興計画の位置づけを定義している部分ですが、ここでは復興のみではなく、町づくりの指針をまとめた「総合発展計画」との関係性も述べられています。

〜以下抜粋〜
「なお、これまで本町では「山田町総合発展計画」に基づいて各種施策の展開を図って参りましたが、今後、復興に関する事項に関しては「山田町復興計画」に基づき推進することとなります。ただし、「山田町総合発展計画」は町全体の長期的なまちづくりの指針として位置づけられる計画であり、また、復興以外で引き続き推進すべき施策もあることから、「山田町復興計画」の推進を図りつつ、「山田町総合発展計画」の見直しについても検討をする予定です。」

私自身、今回の震災で被害以外にもっともショックだったのが母校の小学校にお邪魔した際の全校生徒数の半減。山田町を出ていった人間が言うのもおかしい話しですが、もっと魅力ある町にしていかなきゃって感じました。若い人の「山田じゃやりたい仕事がないから東京に行く!」といったことが、こういった子供の減少にも繋がっているんだろうなと。若い人が悪いわけじゃなくて、誇れる仕事(例えば東京の有名な企業相手に仕事してんだぜ〜みたいに自慢出来る仕事)があれば、現状よりはマシな形になっていただろうな〜って。だから復興をゴールとしないで、復興と呼ばれるであろう整った町だけではなく、その先の未来を描いていくことが大事だなって思います。復興は全国の方の力も借りて進めることができますが、その先は町が町民が頑張っていかなきゃならないと。
その点、十数年後などの復興のみに焦点を絞らず、より先のことを見つめる姿勢を明示したこの文章は、私の考えにも合います。

ただ、ここで明示して欲しかったなと思うのは、この計画をどれくらいのスパンで見直し改善していくのかと、概ねどのような形で見直していくのか。誰も経験したことがないような事に対する計画なので、進捗とその都度の課題に応じて計画を改善・調整していく必要が絶対に発生すると思います。10年間の間に町長が変わるかもしれなければ、計画に携わっているメンバーも変わるかもしれません。例えば町長にその権限をゆだねる考えで居て、別の方針を持つ町長が当選したら、この復興計画はどうなるのか?そういうことを考えると、計画をいつ誰がどのように見直していくのかを明示してほしかったなって思います。

個人的にはやはり、特定の人物に依存しない形が理想と思え、「町民の声」がその見直しの中では重要な意味を持つと思います。そのとりまとめをどのように行っていくか、その方向性だけでも示す必要があったと思います。
後の方で「柔軟に対応していく」という言葉もありますが、前提条件に計画の見直しを想定しておくのと、場当たり的に対応していくのでは雲泥の差があると思います。

予算取りのための提出資料くらいで考えてはいけないと思います。
人が移りゆく中でも絶対的な羅針盤と考えなくてはならないと思います。


2  基本理念
1000年に一度の未曾有の大災害と呼ばれはするけれど、ほんとこの部分で述べられている通り、数十年ごとに大きな津波に襲われているし、未曾有だったから仕方が無いなんて言ってはいけないと思います。
実際に理念として提示されているのは下記です。

〜以下抜粋〜
『二度と津波による犠牲者を出さない』
(1)津波から命を守るまちづくり 
(2)産業の早期復旧と再生・発展 
(3)住民が主体となった地域づくり

なんら間違ったことはいってません。ひとつ「住民主体」という部分は何をさすのかが気にはなります。自主性を助長するようにしていくってことなのか、復興関連事業への意見を求めていくってことなのか、あくまでも復興関連事業の計画を立てて一つ一つ住民に理解を得ていくということなのか。これだけが少々曖昧な言葉となっていると感じます。


3  復興の基本的な考え方◇
(1)計画期間
震災から10年を復興までの期間としてとらえ、「復興期」「再生期」「発展期」としています。

〜以下抜粋〜
復興期(H23~H25):
まちづくりの
基礎となる土
地や基盤施設
の再整備と各
種活動の始動
再生期(
H26~H29):
新たな土地への
建設開始と各種
活動の本格始動 
発展期(H30~H32):
町の成熟化と
広域的な連携
による各種活
動の拡大
→山田町の復興の達成

感覚としては、そんなに早く達成出来ないだろうという感じです。特に復興期は、土地や基盤施設の整備となってますが、船越に積まれたガレキの処理も目処がたたず、町中の防波堤や船、岩銀とか北浜の団地などなどまだまだあります(とは言え、他の市町村よりは仮置き場への搬入は高いのも事実→環境省「沿岸市町村の災害廃棄物処理の進捗状況(PDF)」)。

あとに述べられる各事業のタスクは詳細になってるんですが、それをスタートさせるために必要な前提のタスクが細分化されておらず、何が必要なのかわかりません。特に最近問題になっているガレキ処理について、「残ってても各事業をスタートできます」なのか「ガレキがあっては事業に支障をきたすので他への啓蒙を行います」なのか「ガレキがあっては事業に支障をきたすけど町レベルで啓蒙は無理なので国からの要請や他からのお声がけをお待ちしております」なのかが分からない。

私は東京に居ながらガレキの処理が必要なものと見えており、実際に一部開始している観光業などの観点からはあるのは好ましくないものかと思っています。そのような中、ガレキがあってもなくても復興は進まないだろうというご意見も目にしたり、焼却プラントを山田町に作るのが雇用創出にいいのではという意見もあったり。個人的にはプラント建設は建設にかかる工期と費用、なにより処分が完了した後の運用費などに問題があるかと思っており反対ですが、もしガレキがあっても復興はすすめられるという考えなのであれば、建設にかかる工期は無視してよいものとなってしまいます。
その辺のスタンスを明示してほしいです。

(2)復興の主体
山田町の「町民」「行政」「事業者・団体」をメインの利害関係者として、「国・県」「NPO・ボランティア」「全国自治体」「町外民間企業」を主に支援を受ける利害関係者として考えられています。

〜以下抜粋〜
今後、復興に向けて長い戦いを続けていくには、被災者と行政だけでなく、町民一人ひとりが新しい山田町を再生・発展させていくための主体的役割を担っていくことが重要となります。 
そのためには、国や県、全国の自治体や NPO・ボランティア、民間企業、学識経験者などの支援や協力も得ながら、行政、議会、自治会、事業者、NPO、そして住民が、それぞれの立場・目線から知恵と力を出し合い、協働して復興に取り組むことが必要です。 
また、今後長い期間にわたる復興の取り組みを町単独の力だけで行うことは人員的にも財政的にも困難になることが予想されます。このため、国や県に対しては人的支援のほか、復興財源確保のための新たな財政スキームの構築といったことも含め、町への財政措置についても積極的に要望していきます。また、PPP(※)などの民間の資本や技術を活用した復興の推進についても検討していくものとします。 
※PPP:パブリック・プライベート・パートナーシップのこと。官と民がパートナーを組んで事業を行うという新しい官民協力の形態。

やはりここでも、どのようにアイデアを吸収していくか、連携を計っていくかはブラックボックスになっているのが釈然としない部分です。ここで細かく述べてほしいわけではないけど、せめて「○月○日までに立案する△△計画書にて方針を固める」とかそんなことを書いておいてほしい。これでは理念を掲げただけで住民の声を聞く気ないじゃんと言われてもおかしくない状況。一体となって取り組むなんて絵空事になってしまう。




復興計画書はまだ続き、このあとは町づくりのお話しになっていき、けっこう具体的に書かれていますのでご覧下さい。
土地利用に関する詳細なまとめは、やはり国への説明が必要だから必然的に詳細になったんだろうなと思います。
ここからどのような実行計画が立案されて、すすめられるのか?住民主体の理念がないがしろにとは言わないまでも、具体性に乏しいなという印象。

すでに復興期の1/3が終わりました。
復興計画で述べた理念に基づいて、実行計画に不備がないのか、そもそも復興計画に不備はないのか、もう一度町の行政には考えてほしい。考えているのであれば提示してほしい。提示出来ないのであれば住民主体なんて言葉は使わないでほしい。

東京に居る身で言えた立ち場ではないですが。

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このページは、daikick634が2012年3月18日 02:08に書いたブログ記事です。

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